みうらじゅんフェスが理解可能すぎた話

みうらじゅんフェスに行きました

www.kawasaki-museum.jp

 

 

物量もすごかったし(幼い頃からの制作物の量が半端なくてみうらじゅんになりてえ〜と思った)、物自体は面白かったんだけど、満足度70%ぐらいだった。

場全体に意味不明さを求めて行ってしまったんだけど、全然意味不明じゃなかったからだと思う。蒐集性が強い展示の場合、(物自体に執着がない限り)物よりもどういうカテゴリーで括っているのかに興味があったっぽい。

私が求めていたのは普通のものがカオスに並べられている場で、みうらじゅんフェスはカオスなものが整然と並べられていたという感じ。

 

例えば「市町村とかによくいるかわいいんだかダサいんだかよくわからない微妙なマスコットみたいなやつ」という概念に、みうらじゅんは「ゆるキャラ」をいう名前を付与するわけだけど、みんな「市町村とかによくいるかわいいんだかダサいんだかよくわからない微妙なマスコットみたいなやつ」という概念に対して違和感ないと思うんですよ。ナイスネーミング。それそれ。わかる。はーすっきりした。ゆるキャラね、ゆるキャラ。これからゆるキャラって呼ぶわ。ありがとうみうらじゅん。となるじゃないですか

そんな感じで「ゆるキャラ」「いやげもの」「仏像ブーム」といった理解可能な区切りで展示が続いていて、感想としては「そうですね、面白いですね」という感じだった。客も懐かしさで反応している客が多くて、つまりは「わかる」ということなのだろうけど、違うんだ、わからなさがほしいんだ…

展示物が面白いからなんの問題もないんだろうけど、理解不能からくる好奇心が、理解できるために喚起されなくて物足りず、メジャーとアングラの差ってこれか?わかりやすくないとダメなのか?と思った。ただみうらじゅんのことを全く知らないので、この展示物が集められた経緯を知らないことを考えると、展示方法の問題かもしれない。となると民間と市営の差なのか?森美術館でやったらもっと面白かったのでは?もしかして入場料が800円だからなのか?いいよ1200円払うから1.5倍編集にお金かけてよ…でも市営なのにめっちゃがんばったね…ごめんねクッソ面白く編集されてないと面白さが伝わらない人間で…ごめん…私のせいだわ…これからもがんばってほしい…

 

蒐集タイプの展示(?)でよかったのが北海道の「レトロスペース・坂」なんですが、こっちは一見雑多に脈絡なく置かれているように見えて、よく見ると蒐集者なりのカテゴリーが見えてくるから面白かった。

特徴的なのがこれ。

 

もしこれをみうらじゅんフェスに置くとしたら「アイドルブーム」とか「CDジャケットブーム」とかになると思う。そりゃそうなんだけど、そりゃそうだからあんまり興味が湧かない。

蒐集系の展示は物に元々付随している文脈を一旦捨て、本人の理解で意味を付け直していることに面白みを感じるらしい。

 

 

ギリギリ理解できない違和感を場で体感して、理解できる・できないの差を自分なりに落とし込むのが好きなのかな。物自体の面白さは前提として、一見意味不明で、かつ少し考えたら理解可能というギリギリのバランスが快感なんだと思う。というか私の興味の矛先、物自体じゃなかったのか。

最近思うけど、私の感想は見たものへの批評じゃなくて自分の感性分析でしかない。何が琴線に触れて、何が触れないのか、その理由はなんなのか、ばかり考えている。それはそれでいいんだけど、頭が先に動いてしまうせいで心が鈍っているし、どんどん言葉を発せず飲み込むようになってしまって、逆効果なんじゃないかと思う。思考を飛び越えてくれるぐらいの衝撃が欲しくてライブやら珍スポットやら面白展示やら旅行やらに行ってしまうけど、最近それにも刺激を感じなくなってきて、どうにか観点を変えないとまずい。辛いものを食べすぎて舌がおかしくなっている。結局外部刺激じゃ何も解決しなくて、自分が動いたことで刺激を得るしかないんだと思う。毎日生きてるだけでいっぱいいっぱいだしそこそこ仕事も頑張ってるのにまだ頑張らなきゃいけないのかよ。というわけで手っ取り早い刺激、やっぱり一人暮らしだと思う。わかってはいる。わかってはいる。